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広島地方裁判所 平成4年(ワ)477号 判決

原告

甲野春子こと甲春美

右訴訟代理人弁護士

小笠豊

被告

乙川太郎

右訴訟代理人弁護士

那須野徳次郎

勝部良吉

主文

一  被告は、原告に対し、金四五万円及びこれに対する平成二年八月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三六〇万円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、鼻の美容整形手術を受けた原告が、右手術をした被告(医師)に対し、説明義務違反を理由に、準委任契約に基づく債務不履行(民法四一五条)または不法行為(民法七〇九条)に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一争いのない事実

1  被告は、平成二年八月一一日当時、丙川整形美容外科医院の名称で外科医院を経営し、美容整形を行っていた。

2  原告は、平成二年八月一一日、被告に対し、鼻の段差をなくする美容整形手術をすることを依頼し、被告はこれを承諾した。

3  被告は、同日、原告の鼻の段差を解消するため、原告の左腰背部を切開して自家組織である真皮を抽出し、それを鼻の突出した部分の直上及び直下である鼻根部に挿入移植してそこを相対的に嵩上げし、右突出部分を目立たなくさせる美容整形手術(以下「本件手術」という。)を行った。

4  右手術で真皮を取り出した結果、原告の左腰背部には幅二ミリメートル、長さ九〜一〇センチメートルの傷痕が残った。

5  原告は手術の結果が気に入らなかったので、その後二回にわたり手術を受け、挿入物の除去をした。

二争点

1  説明義務違反について

(一) 原告の主張

美容整形手術は、疾病治療目的の手術のような必要性や緊急性を有するものではないから、医師は、手術を受けようとする者に対し、手術の対象となる部位が容貌上どの程度問題を持つものか(手術の必要性)、予定どおりに手術できた場合にどんな感じの顔になるか(手術の効果)、手術の方法、術後の経過、手術の失敗する危険性、後遺障害の残る可能性、再手術の困難さ等について慎重に説明する義務がある。

これを本件に即していえば、

(1) 原告は、鼻の段を取りたいので、鼻の骨を削ってくれるようにと希望し、鼻はこれ以上高くしたり、大きくしたりしては困るとはっきり述べているのに、被告はそれ程高くも大きくもなる訳ではない、可愛らしい鼻にしてあげよう、などと事実に反する説明をして手術を受けることを承諾させた。

(2) 腰に傷痕が残るのならば手術は受けないとはっきり言っているのに、腰の傷はすぐ消えるし、残らないと虚偽の説明をした。

(3) 自家組織を取って入れる方法は、美容外科のなかでも一般的な方法ではないのにそれを説明せず、また自家組織を入れると、シリコンプロテーゼを入れる場合などに比し、後に取り出すことが困難になることを十分説明しなかった。

(4) 術後の経過についても、通常腫れが引くには二週間程度かかり、落ちついた状態になるには最低一か月はかかるのに、腫れは二、三日でとれると虚偽の説明をした。

(5) 費用についても、原告は、右目的のための手術をするにはいくらかかるかと電話で確認したところ、病院の窓口の担当者は、一二万七〇〇〇円であると答えた。しかし、それは誤りで、実際の手術には二一万七〇〇〇円もかかったのである。

以上のとおり、被告が原告に対してなした説明は、不十分かつ不正確で、原告に手術の諾否を正しく判断させ得るものではなかった。

(二) 被告の主張

被告は、鼻に少し段があるため骨の高いところを削って整えて欲しいという原告の申し出に対し、骨を削るには全身麻酔のもとに木槌で鉄製のノミを叩いて削り、場合によっては鋸や金属ヤスリをも用いる必要があるから、手術費用も高くつき、かつ入院の必要があって大変である旨説明してこれを断ったうえ、自家組織を入れる方法が簡単ですぐにも手術できるものであること、左腰背部から真皮を必要量採り出すのでそこに傷痕ができるが、それは三、四年もすれば目立たなくなること、鼻の腫れは僅かですぐとれること等を、延べ一時間以上の時間をかけて、懇切に説明を尽くした。

また、被告は、原告が神経質で後々問題が生じる虞れがあるので、手術を思い止まるようにとも話した。しかし、右説明の結果、原告が十分納得し、右手術を直ちにして欲しいと強く希望したため、被告は手術をしたのである。

2  損害

原告の主張する損害は、次のとおりである。

(一) 慰謝料 金三〇〇万円

原告は、本件の手術結果、腰に幅二ミリメートル、長さ九〜一〇センチメートルの傷痕が残った。また、原告の鼻は、顔には不釣り合いな程度に高く大きくなった(被告は、真皮を、鼻の突出した部分の直上及び直下だけでなく、鼻根部から鼻背部、鼻尖部にかけてかなりの量の組織を挿入移植していた。)。

このため、被告と丁海正夫医師の下で、前記挿入物の除去のために合計二回も手術を受けざるを得なくなり、また、その後の治療のために福岡と広島との間を一〇回も往復することを余儀なくされ、さらには原告が右手術を受けたことを周囲の者が噂しているのではないかと思うようになり、ノイローゼにさいなまれて、教員を辞職することにもなった。さらに、当時原告は婚約していたが、これも破談となった。

これらの事情を勘案すれば、本件手術によって受けた原告の精神的苦痛は大きく、これを金銭で慰謝するには、金三〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 金六〇万円

原告は、被告が任意に右損害を賠償しないから、弁護士を選任して本訴を提起した。被告の負担すべき弁護士費用としては、六〇万円が相当である。

第三争点に対する判断

一被告の責任

証拠(〈書証番号略〉、証人丁海正夫、原告、被告)によれば、以下の事実が認められる。

1  手術に至る経緯・被告の説明等

(一) 原告は、鼻の付け根(鼻根部)の骨が少し出っ張って段のようになっているので、これをとって貰いたいという気持ちで、三か所の病院に費用がいくらかかるかを電話で問い合わせたところ、丙川整形美容外科では一二万七〇〇〇円でできるとの返事であったため、同外科を受診することにして予約をとった。

(二) 平成二年八月一一日、原告は来院して、被告に対し、「鼻に段になったところがあるので削って欲しい。」と申し出た。被告は、骨を削るのは大変な手術だから止めるように述べ、それに代えて腰部から真皮を抽出して、これを鼻の段になったところの上下に挿入移植して段を目立たなくされる方法をとってはどうかと提案した(このように、自家組織である腰部の皮膚を取って鼻に埋め込むやり方は、被告は五年位前から始めたが、余り一般的なものではなく(通常はシリコンプロテーゼを入れていた。)、むしろかなり特殊といっていい方法であるが、被告は原告に対してこうした説明はしなかつた。)。

そして、被告は、その方法だと手術に要する時間が一時間程度であり、また、シリコンを挿入するのに比べて腫れがひくのが早く、二、三日もすれば外出できる等と説明した。これに対し、原告は、鼻が高くなったり大きくなるのはいやだったのと、後々傷痕が残ってしまうことが心配だったので難色を示したが、被告は、右方法によれば上手く段が見えなくなり、鼻が高くなったり大きくなったりするものではない、専門家の自分に任せてもらえればちゃんとかわいい鼻にしてあげると言い、腰の傷はなるべく小さく、早く消えるように切るので、残りはするが、それでも四、五年経てば赤い色も殆ど消えてきれいになると説明をした。

また、自家組織を入れた場合は、数年経っても取り出すことができないわけではないが、次第に血管や神経が入ってくるので、取り出すことが難しくなるが、被告はこのような点についての説明はしなかった。

そして、被告は時間がないとせき立てたので、原告は釈然としない気持ちのまま、手術に踏み切ることとした。

この点について、被告は、全てを説明すればきりがないし、自分の手術方法について自信を持っているので、聞かれないことは説明しない場合が多く、本件にあっても手術の難易及び特殊性、手術に伴う痛みの程度、左腰背部に残る可能性のある傷の長さが一〇センチメートルに及ぶこと、手術の結果が気に入らない場合に復元手術をすることできるかどうか、体質によって傷の治りが悪いことがあること、傷口が開く可能性があること等について説明をしなかったと述べている。

2  本件手術について

(一) 原告は、被告の指示に従って顔を洗って化粧を落とした。局所麻酔のうえ、原告の背中にピオクタニンの液で鼻背部の大体の幅と長さを記載し、これを濡れた吸い取り紙で抑えて写したものを腰背部の左側へ写して、医療用のレーザーで真皮を取った。

被告は、原告の左腰背部から長さ約九センチメートル、幅約二センチメートルにわたって真皮を切りとり、このうち長さ三ミリメートル、幅一ミリメートルの真皮二つを原告の鼻の段の上と下に移植挿入した(被告は、必要な長さを遙かに超える真皮を取ったが、これは剥ぎ方が難しいので、仮に足りなければまた切開しなければならないことを慮って余分に切り取ったもので、被告は通常そのようなやり方をしていた)。そして左腰背部の真皮を取った跡は、縫いわせ、八日か九日位で抜糸した。

(二) 他方、被告は、原告の鼻の穴の内側を一ミリメートル程度切って真皮と軟骨の間を鼻骨のところまで剥離し、そこから鼻骨の骨膜の上の皮膚との間を剥離した間隙を通して真皮を入れた。このようにして鼻の段の上と下に真皮を入れてカットグート(動物の腸でできた糸)で上下とも留めた。これには五〇ないし六〇分の時間を要した。

3  手術後の状況等

(一) 原告は、手術後、自分の鼻が前より大きくなっていると感じ、丙川医院に対して、鼻の先に団子がぶら下がっているような感じがする等と訴えて再三電話をし、挿入物を全部取り出して欲しいと要請した。

(二) 被告は、しばらく様子を見るように説得したが原告が聞き入れなかったので、挿入物の一部を、鼻根部の段が分からない程度に取り出した。

しかし、なおも原告は不満であり、福岡の丁海正夫医師に挿入物をさらに取り出してくれるよう依頼し、その手術を受けた。

4  以上認定の事実に基づいて、被告の責任について検討する。

(被告の説明義務違反について)

一般に治療行為は患者の身体に対する侵襲行為であるところ、美容整形は、その医学的必要性・緊急性が他の医療行為に比して乏しく、また、その目的がより美しくありたいという患者の主観的願望を満足させるところにあるから、美容整形外科手術を行なおうとする医師は、手術前に治療の方法・効果・副作用の有無等を説明し、患者の自己決定に必要かつ十分な判断材料を提供すべき義務があるというべきである。そして、実際に外科手術を行うについては、患者において右のように判断材料を十分に検討・吟味したうえで手術を受けるかどうかの判断をさせるように慎重に対処すべきであって、それは場合によっては説明と手術を日を変えて行なうという位の慎重さが要求されて然るべきである。

殊に、本件においては、原告の希望は鼻の段を取りたいというやや特殊なものであり、しかも原告は、当初は段になっている部分の骨を削って段を除去したいという具体的な希望を表明したものであり、これに対して被告は骨を削るという方法を勧めずに鼻根骨の上下に真皮を挿入するという方法を提案したものであるが、真皮を挿入するという方法自体、他の医師は余りやっていない特殊なやり方であり、しかも程度はともあれ左腰背部に傷痕を残すことになるのであるから、特にその点については詳しく説明をするべきであったというべきである。また、鼻の段をとりたいが、鼻を高くしたり大きくしたりすることは困るという原告の希望が表明されているのであるから、この点についても被告がしようとしている手術がどのようなもので、これによって原告の希望が満たされるかどうかの点について十分に説明をし、しかるのちに原告が手術をするかどうか、するとしてどのような方法を選択するか等の決定させるべきであった。

しかるに、被告は前記認定のとおり、とるべき真皮の大きさについても述べず、傷痕についてはなるべく小さく切るから残りはするが、四、五年も経てばきれいになると述べ、また手術の効果についても明確・具体的には示さず、「可愛くしてあげる」等の極めて主観的な表現で示したものであるから、説明は不十分、不正確であり、義務を尽くしたとは認めがたいところである。

そうすると、被告は過失により右説明義務を怠ったものというべきである(原告は、この外にも手術に要する費用が誤りであったと主張するが、電話で一般論として問い合わせた場合と、手術の具体的な内容が決まった後の費用とは異なることはあり得ることであるから、この点をもって説明義務に反するものということはできない。)。

そして、手術の決定について被告の説明義務違反が認められる以上、被告のなした手術につき、不法行為が成立するものというべきである。

二損害について

1  慰謝料

証拠(〈書証番号略〉、原告)によれば、本件手術の結果、原告は鼻が腫れたり、左腰背部が痛んだりしたこと、鼻に違和感が残り、また、顔に不釣り合いなほど鼻が大きくなったと感じて、結局被告の挿入した真皮を除去するための再手術を被告と丁海正夫医師の下で二度受けたこと、前記左腰背部の傷が予想以上に大きく目立ったため、サウナや水泳等、傷のある箇所を露出するような恰好になることが恥ずかしくてできなかったこと、術後三年経ってもなお傷痕が残り、以後は色が薄くなる可能性があるに過ぎないこと、他方、前掲丁海正夫の証言、被告本人尋問の結果及びこれによって撮影者が被告、撮影年月日が平成三年三月一九日であることが認められ、原告本人の顔の写真であることについては争いがない〈書証番号略〉によれば、客観的には、手術後の原告の鼻の部分は原告が気に病むほど顔に不釣り合いな形をしておらず、また、被告本人尋問の結果撮影者が被告、撮影年月日が平成四年一一月一一日であることが認められる〈書証番号略〉によれば、前記移植挿入物を除去した現在も、鼻に関しては外見上傷痕はなく、また、異常な形をしているわけでもないことがそれぞれ認められる。そして、原告がノイローゼになったり、辞職をしたり、婚約が破棄になったことがあったとしても、本件手術との因果関係を認めるに足りないものである。

これらの事情並びに原告においても不明な点を自ら問い質すことや自らもより慎重に対処し得たと思われること等諸般の事情を斟酌すると、慰謝料としては金四〇万円が相当である。

2  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が任意に右損害を賠償しないので、原告訴訟代理人に委任して本訴を提起、追行したことが認められる。そして、本件の事案の性質、認容額等に照らすと、被告の負担すべき弁護士費用としては、金五万円が相当である。

三以上のとおりであるから、本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として金四五万円及びこれに対する平成二年八月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官浅田登美子)

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